A:冥府の怪鳥 スペイ
以前、スリザーバウで、子どもが相次いで失踪する事件があった。当初は、「常闇の愛し子」の関与が疑われていたが、後に真犯人の存在が浮上してきた。
森の棲息するレイルの中でも、最大級の体格を誇る「スペイ」という個体がそれだ。本来は草食のはずが、こいつは忌まわしい吸血行為を覚えてな。恐ろしい鳴き声で獲物をひるませ、一気に襲いかかる姿が、衛士に目撃されたことで、その犯行が明らかになったのさ……。今ではロンカ神話の死を告げる鳥の名で呼ばれているよ。
~ナッツ・クランの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
「あ…!!」
しまった!と思ったが後の祭りだ。口を動かすことも声を出すこともできない。ただ意識も視界もはっきりしている所にコイツの悪意を感じる。何故ならそのはっきりした視界で奴の丸い腹部にある不気味な顔が目尻を下げ、口角を上げ、嬉しそうに笑うのをはっきりと見る事になるからだ。それは様々な地域で繰り返し命のやり取りをしてきたあたしでさえ背筋が凍り、膝がガクガク笑うほど忌まわしくもおぞましい顔で、こいつが「死を告げる鳥」と呼ばれる理由だとはっきりとわかる。
この話が舞い込んだのは3日前のことだ。
以前、スリザーバウで子供が次々と疾走する事件が起きた。当初は敵対する「常闇の愛し子」という連中の仕業だと誰もが考えた。だが「夜の民」の正式な抗議に対して、「常闇の愛し子」は完全に否定をした。人は思い込むとなかなか考えを改める事が出来ないものだ。「夜の民」は思想信条の行き違いで自分達から離れ、挙句ラケティカに攻撃を加えるユールモア軍と手を結んだ「常闇の愛し子」以外にこんな非道なことを出来る者はいないと、「常闇の愛し子」の完全否定を嘘と決めつけ、大きな争いへと発展してしまった。
事態が思わぬ展開を見せたのはそれからしばらくしての事だった。今度は「常闇の愛し子」の集落から同じく子供が次々と失踪し始めたのだ。「常闇の愛し子」から猛然と抗議を受けた「夜の民」この段になってようやく他に真犯人がいるのではないか?との考えに行きついた。「夜の民」は有志を募り森の衛兵を組織して24時間交代制で付近の森を警戒に当たった。そしてついに犯行現場を目撃したことで真犯人を特定するに至った。この事件の真犯人は「常闇の愛し子」でも「夜の民」でもなく、冥府の怪鳥と呼ばれるスペイだった。スペイという名は古代ロンカの神話に登場する死を呼ぶ鳥の名前で、斬首した異教徒の首に羽と足が生え、その足の長い鉤爪で人を鷲掴みにすると異教徒の首が高笑いしながら冥府へと連れて行ってしまうと言われている鳥で、元々ラケティカ大森林にはその死を呼ぶ鳥のモデルだと言われているレイルという鳥がいるのだが、スペイはそのレイルの中でも最大級の体格を誇る、いわばボス鳥だった。「常闇の愛し子」と「夜の民」はこの時ばかりは手を結び、スペイの巣があるラケティカ大森林東部のイキス・マヤエの森にある古代ロンカの遺跡へと向かった。途中、この遺跡を代々管理しているファノヴァの里のヴィエラも事情を知り、援軍として参戦しスペイの巣へと乗り込んだ。するとそこには多くの子供たちの亡骸に囲まれながらその血を啜るスペイの姿があったという。沢山の犠牲を払いながらもスペイ討伐は為され、事件は解決した…はずだった。というのも、この一カ月ほどでまた子供の失踪が多発しているのだという。しかもファノヴァのヴィエラ達からは新たにスペイになった個体が存在するとの報告が入ったという。そこでナッツ・クランにスペイ討伐の依頼があり、あたし達がその仕事を受けたのだった。
スペイは噂に違わぬ不気味な鳥だった。体高は2.5m~3m位の丸い体をしている丸い体の鳥なのだが、なんせ気味が悪いのはその腹部にある人面だった。普段は目を閉じて眠っているような顔をしているが、戦いになるとこの顔が嬉しそうな笑顔で叫ぶのだという。その顔と叫び声を聞いたものは身体の自由を奪われ、動けないままにスペイの餌食になるのだと、絶対見てはいけないと散々警告を受けた。にも拘らず、迂闊にも奴の腹に浮かぶデスマスクを見てしまったのだ。いや、不可抗力だったと言い訳は出来るが、死んでしまっては言い訳するにも口もきけないし、結果として体の自由を奪われているのだからどうしようもない。奴の腹の顔が目を開け、叫ぶところまで、いや何を言ったのかまで鮮明に記憶している。奴はこういった「お前を食わせろ」と。そして体の自由が利かない中、奴がジャンプしてあたしに飛び掛かり、その足の長い鉤爪が、掌を開くように力いっぱい開かれるのが見えた。
もう駄目か‥‥。そう思った瞬間、視界の外から誰かが横っ飛びにあたしに飛びつき、あたしは勢いよく弾き飛ばされた。地面に落下する直前、呪いか呪術か見当もつかないが、それが解けたのが分かった。一緒になって地面をゴロゴロと転がると隙を見せないようにそのまま立ち上がってスペイに向き直った。
横を見ると相方も立ち上がった所だった。すんでの所で助けてくれたのはやはり相方だった。
「危なかった…。ありがと」
スペイから視線を外さずに隣の相方に向けてあたしが言った。
「どういたしまして」
相方も剣を構えたまま隣に居るあたしに返事をした。
不気味な「死を告げる鳥」は体の割に短い脚のせいで身体を左右に揺らしながら、あたしたちの方へとゆっくり歩きだした。心なしか怪鳥の腹部の顔が邪魔をされて不愉快そうに歪んで見えた。